概要
吉野川河川敷に位置している。この球場の特徴は内野のバックネット後方から一塁側部分に土手を利用したスタンドがあり、一塁側後方にJR四国・土讃線の列車が走り、野球場の傍に徳島自動車道の橋脚があるなどユニークなグラウンドである。河川敷にあるため、吉野川流域での台風、集中豪雨等で増水した場合、球場全体が水没する。水が引いた後でもグラウンドコンディションの回復を待つため数日にわたって使用できなくなることがある。高校野球地区大会、四国大学野球リーグ戦の会場として使用されている。また、三好市合併1周年記念事業として2007年7月29日に四国アイランドリーグの公式戦が行われた。2008年のシーズンも5月25日に試合が開催された。
Posted on November 5, 2007 by Someone | 32 comments
施設概要
両翼:91m、中堅:119.5m
内野:土、外野:天然芝
収容人員:約1,000人(バックネット裏:ベンチ式、一・三塁側:仮設スタンド、外野:なし)
スコアボード:パネル式 選手名表示は無し
ナイター設備(簡易型)4基照度 投~捕間500ルクス、内野300ルクス、外野100ルクス 鉄道:四国旅客鉄道(JR四国)土讃線阿波池田駅下車。
最寄りのインターチェンジ:徳島自動車道 井川池田インターチェンジ日本初の野球場は、日本初の野球チームとされる新橋アスレチック倶楽部(新橋鉄道局の職員によって結成)が新橋駅近くに設けた保健場とされる。学生の間で野球が盛んになり学生野球が発展すると、早稲田大学が戸塚球場、慶應義塾大学が三田綱野球場、明治大学が明治大学球場などを作った。電鉄会社も沿線開発の一環として、阪神電気鉄道が鳴尾球場、阪急電鉄の前身である箕面有馬電気鉄道、京阪神急行電鉄がそれぞれ豊中球場、宝塚球場を建設している。日本初の本格的な野球場は1924年(大正13年)、兵庫県西宮市にできた阪神甲子園球場である。中等学校野球のために阪神電気鉄道が建設した。甲子園は大成功を収めたため、ほかの電鉄会社も新たな球場を建設していった。1928年完成の藤井寺球場などがこれに当たる。1926年には明治神宮野球場が完成し、東京六大学野球連盟を中心として使用された。
Posted on November 5, 2007 by omeone | 32 comments